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- 2009/09/28(Mon) -
 昨日は、甄舎会議&お勉強会。シンポのパネリストである大長さんについて
どんな考えを持っている人なのか、過去の資料をもとに伊村先生にお話ししていただいた。
 
 「既成の技術をいくら取り揃えても、何にも新しいことはできない。陶芸家と言うものが芸術家であるとすれば、今までみたこともない新しい美しさを発見して、創りだしてみせる義務がある。そういうことはなまじできる事ではないけれども、そういう妄想を抱いた人を陶芸家と言いたい。」

「陶芸家が芸術家であるとするならば、素材の意味や陶芸という意味・概念・歴史性との深く芳醇な関わりの中で、新たな意味を複合的関係性のもとに構築する事が必要となる。そしてこれらを関係づけ、構造化するものが技術であり、独自の技術体系を確立する事が重要」

 
 陶芸=芸術  という事に、経験を積むごとに疑問を感じる。完全にネガティブな意味ではないが、はたしてそうなのか?そんな人いるのか?と思う事がある。土は魅力的な素材で焼成が加わると、予想外の変化や色、土味ができる。それらは一見素晴らしくて、取り付かれるような魅力を持っているものであろう。だが、ここに陶芸の危うさ、もっとも注意しなければいけないポイントがあるように思う。イメージとしての土味、やきものらしさと、作家の意匠とが混濁している事。そしてそれが分からなくなる事。

 昨日の話でも、自分の作品に対して一方向からだけではなく、裏から横から客観的に見る目を持つ。というのが出たが、これを口で言うのは簡単だが、実際にできるかといえば疑問が残る。つねに忘れないように意識はしていても、簡単な事ではない。時間が経ってから分かる事かもしれない。

 しかし、ここに作家同士の集まりにおける一つの大きな意味があるところだと思う。結局作家は、個人のものであるし、すべての意見が合う訳ではない。びっくりするくらい違うとこだってあるだろう。作品自他の意見を述べ合うと、最後は大げんかになるのがあたり前なのかもしれない。しかし、他の作家の思考の仕方、技術、バランス感覚などは意見交換してマイナスになる事はないと思う。自分がいまどこにいるのかも見えてくるだろう。

 「第三回甄舎展」に向けて、が大詰めになってきたが、次のイメージをする。

 何ができるだろう。

 不況といわれる時代に、作品を作る意味。それを発表する事。
 時代性、世代感。
 
 時代性ってのがなにかキーワードになるような気がしている。今、何を考えるか。

 環境問題、温室効果ガス25%削減。リユース、リサイクル。
  
 陶磁器業界は木を切り山を削り、窯を焚いて、産廃を作る。全く良いところがない。
よく今まで何も言われなかったねと思うが、もう駄目だろう。このままではいかなくなってくる事が多々出てくるだろう。大きく変わる。
 淘汰される事も多くあるだろうと思うが、これをチャンスと見る事ができるか。視点を変える事ができるか。そこから何が見えるか。こういった背景が時代であり、それが作品ににじみ出てくるのが時代性だと思う。
 

 
BO GUMBOS LIVE at 磔磔 1988BO GUMBOS LIVE at 磔磔 1988
(2000/12/08)
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 大好きなどんとさん率いるボ・ガンボス
「時代を変える旅に出よう」といってデビューしたなぁと思い出した。 

 かっこいい、神だ。

 なにか言おうとしたが、すべて無駄に思えてくる。なににも変えがたい。

 


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